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Knowledge[“脳と老化”の豆知識]/大脳生理学者カムイのコラム

[第1回]科学者のぼやきと生物の進化 ー 老化を考える

常識と思われていることにも「なぜ?」と疑問を抱いてしまうのが科学者の本能みたいなものです。この世はあまりに疑問だらけなので参ってしまいます。そうした疑問を少しでも解くことを生業としたくて,科学者は科学者になるわけです。そこで、私たち科学者は,生き物は老化するものだという常識にも「なぜ?」と疑問を抱いてしまうわけです。

この問題は既にかなり解かれていて多くの回答が出されています。

大事な答えのひとつ →“資源を無駄使いしないためです。”

 私たちヒトを含めて,生物は進化の産物です。進化という歴史がなければ,この地球にこれほど多様な生き物は存在していません。そのため,生物の本質を解くには進化的な見方がとても重要になります。そういった見方をすると,生物には進化的な目的があります(学術的には「究極的目的」とか「究極要因」といいます)。その目的とは「自分の遺伝子を次世代に伝える」ということです。あくまでも「自分の遺伝子」であって,種の保存とは違います(「種の保存」という言い方は生物科学ではもはや死語となっています)。

私たちも生物の一種ですから,意識するかしないかは別問題として,この目的に沿って生きています。そして,この目的をなるべく効率よく達成するための仕組みをたくさんもっています。そして,老化はそうした仕組みの一つなのです。(文責:Dr カムイ)

 

[第2回]脳はなぜ老化するのでしょうか?という疑問の回答は意外にシンプル

 老化を分かりやすくするため,私たちが属する哺乳類に話を絞りますが,哺乳類は生殖してコドモをつくり,哺乳して育てます。自分のコドモがオトナになれば,自分の遺伝子は次世代に伝わったことになります。コドモがオトナになる前に死んでしまっては,遺伝子は伝わったことになりません。ですから,哺乳類はコドモを大事に育てますし,私たち人では子供に死なれることほど大きな悲しみはありません(子供を失うことが大きな悲しみであることも常識ですが,なぜ?という疑問への答えはここにあります)。

問題は,自分のコドモがオトナになった後です。もうオトナになったわけですから,自分の遺伝子は伝わっていて,進化的(究極的)な目的は達成しています。それにも関わらず,自分が生き続けていたらどうでしょう? 食べ物を代表とした資源を無駄に使うことになってしまいます。すでにオトナになったコドモにも負担がかかります。そうすると,自分の遺伝子をさらなる世代まで伝えることが不利になります。

そこで,資源の無駄使いをしないために,自分のコドモがオトナになる頃から老化し,死ぬわけです。老化が始まるタイミングの問題も,なぜ死ぬのか,という謎もこれで解けます。老化のメカニズム自体に関しても多くのことが分かっていますが,そもそも私たちはなぜ老化し死ぬのか,という問題は既にこうして解かれているわけです。

その上で、“生きる意味”を考えてゆく“なるべくなら生きている間は人の手を借りずに自力で生きる力を維持したい”ということへの追求をしてゆくのだと思います。“ヒト”全体ではなく“自分”と“自分の子孫”のために。(文責:Dr カムイ)


[第3回]人間の老化は長すぎる

 なぜ老化するのか? その問いの答えは,進化的には「自分の遺伝子を次世代に伝えるため」です。これはどの哺乳類でも同じですが,ヒトの老化には大きな特徴があります。老化の期間が長すぎる,ということです。

 老化が始まるタイミングは40~50歳頃からです。30歳代さらには20歳代から老化が始まることもありますが,それは例外的なことです。死を迎えるのは70~80歳ほどですから,30年間も老化の期間があるのです。これは,もちろん,医学の発達に負うところが大きいですが,私たち人類の「原型」に近いアフリカ原住民の方々を調べても,本質的には同様なのです。これを生物学では「人間の長生き問題」といいます。つまり,人間は他の生物に比べて長生きし過ぎるのです。この特徴自体は医学の発達とは無関係な,人間の本質です。

 寿命と深く関係するのは体重で,体が大きい動物ほど寿命は長いのが普通です。イヌなどでは大型犬と小型犬では寿命はさほど違いがありあせんが(むしろ,小型犬の方が長い傾向があります),これは品種改良をしてきたせいで,犬の祖先の寿命がそのまま維持されているのです。ネズミの寿命は一年から数年です。ところがゾウでは40~50年も生きます。過去を含めて哺乳類で最も大きいのはシロナガスクジラで,体長は最大34m,体重は最大で160トンもあります。彼らは非常に長生きで,70歳さらには100歳以上生きるのではないかと言われています。体が大きいほど長生き,ヒトが属する霊長類でも同様です。そのため,人間の体格から理論的な寿命が予想できます。その推定寿命は40~50歳です。30歳という予想値まであるくらいです。

 ところが,人は体重ではシロナガスクジラの3千分の1しかないのに,彼ら並みに長生きします。なぜか? というのが「人間の長生き問題」です。この問題についての進化的解答はともあれ,人間の老化の期間は長すぎる,ということは間違いありません。くどいですが,これは決して医学の発達などのせいではありません。平均寿命は医学の発達や社会環境の改善で確実に伸びていますが,それには「乳児死亡率の激減」が大きく寄与しています。寿命が医学や社会環境などに影響されるのは間違いありませんが,ヒトが長生きし過ぎるというのが,ヒトの進化的な本質であることもまた確かなのです。そのため,ヒトの脳は独特な老化のプロセスをもちます。あまりに独特なので,「ヒト以外の動物では,ヒトの脳老化の研究は難しい」ということが,脳科学では常識となっています。そして,これがヒトの脳老化の研究を遅らせてきた最大の原因でもあります。しかし,幸いなことに,脳科学の技術的な進歩もあって,ヒトでの脳老化の研究は最近になって急速に発展してきています。次回から,そういった研究を踏まえた話題を述べてきたいと思います。(文責:Dr カムイ)

 

[第4回]誤解を招く脳年齢

 人間は哺乳類の中で例外的に長生きする動物です。そのため,脳の老化は大きな問題になるわけです。実際問題として,ある程度高齢になれば,誰もが自分の脳がどの程度老化しているか,気になるでしょう。そのせいもあってか,「脳年齢」という言い方が最近流行っているようです。 しかし,「脳年齢」は脳科学ではほとんど意味不明です。定義もはっきりしません。ただ,「脳年齢」を調べるテストは,色々な能力や知能を調べて年齢に換算するテストですから,脳年齢は知能指数IQとよく似ています。
 IQは,簡単にいえば,「精神年齢」を実際の年齢で割って100をかけた値です。精神年齢とはある知能テストの成績に対応した年齢(その年齢の多数の人たちの平均点)と考えて結構です。ある30歳の人が,IQテストで30歳に応じた点数をとれば,IQは100になります。脳年齢は明らかに「精神年齢」の言い換えにすぎません。「あなたの脳年齢は○○歳」というのは,「あなたの精神年齢は○○歳」ということであって,IQの場合はそれを実際の年齢で割って指数化するわけです。

しばしば気になることですが,昨今は,このような人心を惑わす言い方や「脳力アップ法」が多くて,脳科学者としてはあまりよいこととは思えません。「脳年齢」が脳科学的に新しくて意味のあるものであればいいのですが,精神年齢を単に言い換えているだけですから意味不明ですさらに問題なのは,なんらかの教材でトレーニングすれば脳年齢が上がる,と宣伝していることです。

 IQテストには「繰り返し効果」というのがあります。つまり,一度IQテストをしてから,数週間程度の短い期間をおいてもう一度IQテスト(もちろんテスト問題自体は異なります)をすると,IQは一般に上がるのです。IQテストの「やり方」を覚えてしまうからです。IQを生涯で何度も調べないのは,そのせいもあります(大抵の方は1~2回ではないでしょうか)。そのため,IQテストに関係した訓練を数週間毎日繰り返せば,二度目のIQテストの成績は格段と上がってしまいます。しかし,もちろん,これは「IQテスト」がうまく解けるようになっただけであって,本当にIQが上がったかどうかは全く不明なのです。

 脳年齢も原理的にはIQと似たようなものですから,脳年齢テストも二回目には(繰り返し効果のせいで)上がるはずです。そして,そのテストと関係する「教材」で毎日訓練すれば,当然ながら,回を重ねるごとに脳年齢は若くなるでしょう。しかし,それは「見かけ上脳が若くなった」にすぎないわけです。これでは大きな誤解を招きかねません。極端な話,四則演算を中年の方が久しぶりに紙と鉛筆ですれば,計算は遅く間違いも多いでしょう。しかし,計算問題を毎日すれば,1週間程度で計算は速く正答率も上がるはずです。また,中年の方が大学の受験問題を解けば,その偏差値は悲惨なものでしょうが,やはり,受験勉強を一生懸命すれば,偏差値はそれなりに上がるはずです。これで「脳年齢が上がった」ということになるでしょうか? おかしな話です。

 きちとした科学的な裏づけがないまま,高齢者の悩みに付け入るような物言いや教材が多いことは,決してよいことだとは思えません。そのせいもあって,本欄を連載し始めたのですが・・・。
(文責:Dr カムイ)